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仙台地方裁判所 昭和55年(わ)31号 判決

本籍

三重県一志郡嬉野町大字八田一四一番地

住居

仙台市白萩町二一番一六号

歯科医師

前田直之

大正一一年一月二三日生

本籍

三重県一志郡嬉野町大字八田一四一番地

住居

仙台市白萩町二一番一六号

無職

前田保子

昭和六年一月一日生

右の者らに対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官小泉健出席のうえ審理してつぎのとおり判決する。

主文

被告人前田保子を懲役八月に、被告人前田直之を罰金六〇〇万円に各処する。

被告人前田直之においてその罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人前田保子に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人前田直之は、仙台市一番町三丁目一一番一号に前田歯科医院の名称で歯科診療所を設け、歯科医療を営んでいたもの、被告人前田保子は、被告人前田直之の妻であつて右歯科医院の経理事務全般を統括していたものであるが、被告人前田保子は、被告人前田直之の右業務に関し、同被告人の所得税を免れようと企て、自由診療収入の一部を除外し、簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  昭和五一年一月一日から同年一二月三一日までの被告人前田直之の総所得金額は五六、二七七、九九九円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を除いて二五、九九八、二〇〇円であるのにかかわらず、昭和五二年三月一二日、同市中央四丁目五番二号所在の所轄仙台中税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は三〇、五〇一、〇三四円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を除いて一〇、五〇六、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為によりその差額である一五、四九一、三〇〇円の所得税を免れ

第二  昭和五二年一月一日から同年一二月三一日までの被告人前田直之の総所得金額は六一、二六五、六九〇円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を除いて二九、一九二、七〇〇円であるのにかかわらず、昭和五三年三月一〇日、前記仙台中税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は四四、〇八九、六二一円で、これに対する所得税額は源泉徴収税額を除いて一八、六八三、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為によりその差額である一〇、五〇九、四〇〇円の所得税を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一、被告人前田保子及び同前田直之の当公判廷における各供述

一、被告人前田保子(三通)及び同前田直之の検察官に対する各供述調書

一、被告人前田保子の大蔵事務官に対する昭和五三年一一月六日付、昭和五四年三月一六日付、同年四月一二日付、同月一六日付、同月一八日付、同月二一日付各質問てん末書

一、被告人前田直之作成の上申書七通

一、被告人前田保子作成の上申書

一、大蔵事務官作成の「脱税額計算書説明資料」と題する書面

一、大蔵事務官作成の各調査書一八通

一、大蔵事務官作成の「措置法差額の計算書」と題する書面

一、検察事務官作成の電話聴取書

一、鎗水香、伊藤優及び小嶋敏雄の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、海野信夫、小西孝一、河野知及び関口信行各作成の各上申書

一、大蔵事務官作成の領置てん末書

判示第一の事実について

一、大蔵事務官作成の「脱税額計算書(自51・1・1~至51・12・31)」と題する書面

一、被告人前田保子の大蔵事務官に対する昭和五四年四月一一日付質問てん末書

一、押収してある五一年分所得税確定申告書一綴(昭和五五年押第五八号の一)及び同年分所得税青色申告決算書一綴(同号の二)

判示第二の事実について

一、大蔵事務官作成の「脱税額計算書(自52・1・1~至52・12・31)」と題する書面

一、押収してある五二年分所得税確定申告書一綴(昭和五五年押第五八号の三)及び同年分所得税青色申告決算書一綴(同号の四)

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項、二項、一二〇条一項三号、二四四条一項に各該当するところ、被告人前田保子につき所定刑中懲役刑を撰択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人前田保子につき同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で同被告人を懲役八月に処し、被告人前田直之につき同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金六〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、被告人前田保子に対し、後記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件犯行は、昭和五一年度と昭和五二年度の二年度にわたり、自由診療収入の一部を除外するとともに、歯科用金属の期末棚卸の一部を除外し、また歯科用金属の仕入、外注加工代を計上せず簿外資金を設定するなどして、いわゆる「収入及び支出の両落し」の方法を採つたうえ、虚偽の所得税確定申告をなし、右不正行為により合計約二六〇〇万円の所得税を免れた事犯であつて、右期間の逋脱税額が多額であり、ことに昭和五一年度の逋脱率(当該年度の所得税額に対する逋脱税額の割合)は約六〇パーセントに及ぶ高率であること、本件逋脱の態様は計画的であり、また被告人らは過去数年間にわたり逋脱行為をなしていた疑いももたれること、本件犯行の動機についても被告人らの地位、資産状態からすれば特に同情すべきものは認められないこと、被告人らは歯科医師の立場で所謂医師優遇税制の恩典に浴しておりながら、その上で本件犯行に及んだものであつて、これが租税負担の公平を害し、事業の競業を歪め、ひいては国家の財政秩序に悪影響を及ぼすなど国家社会に与えた影響も大きく、前記の不正行為によつて租税債務を免れた本件犯行の反倫理性は刑法犯の詐欺罪のそれと等しく厳しく非難されなければならないこと、そして、この点について被告人らに十分な反省と自覚を促したいこと等の事情を考慮すれば、被告人らの刑事責任は重いと言わざるをえない。

しかし他方、被告人らはすでに修正申告のうえ、重加算税、延滞税等の納付を済ませていること、本件犯行についての新聞報道や歯科医師会の要職の辞任等により社会的制裁を一応うけていると認められること、被告人らにはこれまで前科・前歴が全くないこと、本件犯行後、歯科医院を法人にして顧問税理士の監査をうけるなど経理事務の公正さを確保する態勢を整備していること、その他被告人らの家庭の事情等被告人らに有利に考慮すべき事情も認められる。

以上の事情を総合考慮した上、主文のとおりの刑を定め、被告人前田保子については、その懲役刑の執行を猶予するのを相当と思料する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤紘基)

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